嫌いな人でも自分と同じ心というものを持っている
すべての人間は“こころ”を持っている
人は誰でも「あの人は好きだ」「あの人は嫌いだ」などの想いという感情が、自然に湧いてくるものです。
この想いというものは、人間の脳で考えて出てくるものと思われていますが、実はそうではありません。
人間の想いというものは感情であり「あの人は好きだ」「あの人は嫌いだ」という想いは、単なる脳の記憶を処理して出された回答ではないということです。
もし人間の持っている感情が、人間の脳にある記憶を処理して導き出されたものなら、コンピューターでも再現可能なはずです。
しかし、現代の科学を駆使しても、コンピューターで人間の感情が再現できないということは、感情が記憶だけから生み出されたものではないということです。
では、そのような人間の感情はどこから発生しているのかというと、それは人間の中にある“こころ”というものから生み出されているのです。
人間の“こころ”は目には見えませんが、現実に人間の中に存在しており、笑いや怒り、喜びや悲しみといった感情が生み出されています。
“想い”とか“思い”といった漢字に“心”という漢字が入っているということは、人間の“想い”や“思い”などの感情は“こころ”で生まれているということを暗示しているのかもしれません。
人間は皆それぞれ考え方が違いますが、なぜ考え方が違うのかというと、人間は感情や自由意志を生み出す“こころ”を持っているからなのです。
すべての人間に心が存在する理由
そこで、あなたに質問です。
“こころ”は目に見えませんが、“こころ”の存在をあなたは認めますか?
いろいろな回答が返ってきそうですが、ここでは私の意見をお話したいと思います。
“こころ”という目に見えないものが、本当に存在するのか?
という疑問に対しての答えは
@“こころ”は存在しない
A“こころ”は存在する
という、どちらかひとつになります。
では「“こころ”は存在しない」と仮定してみましょう。
“こころ”は存在しないということは、人間の思考は脳だけで考えていることになります。
では、人間の脳は何をするところかというと、脳であらゆることを記憶したり思い出したりする場所と言われています。
例えて言えば、人間の脳はパソコンのハードディスクと同じで、物事を記憶したり思い出したりする場所ということになります。
そして、生まれたての赤ちゃんは新品のパソコンと同じで、脳のハードディスクには何も記憶されていない状態です。
しかし不思議な事に、生まれたての赤ちゃんは泣くことができます。空っぽな脳のはずなのに、なぜ赤ちゃんは泣くという感情を表現できるのでしょうか?
もし人間に“こころ”というものが存在しないのならば、この疑問に対する回答はどのように説明できるのでしょうか?
人間に“こころ”が無いということは、物事を記憶したりするだけのコンピューターと同じということになり、人間の感情はパソコンでも表現が出来ることになります。
しかし現実には科学の力を結集させても、人間の感情を再現できるコンピューターを作ることはできないのです。
目には見えませんが「人間の中には、“こころ”というものが存在しており、そこであらゆる感情が生み出される」ということは自然なことなのです。
そして“こころ”はすべての人間に存在しています。自分が「好きな人」にも「嫌いな人」にも、全ての人が平等に“こころ”を持っています。
ですから、すべての人間には「好き」や「嫌い」という感情が生まれ、その感情に対して“こころ”が動かされ、感動したり悩んだりするのです。